あけましておめでとうございます。2013年もよろしくお願い致します。
昨年の秋頃から米国は果たしてFiscal Cliffに対応できるのか、という問題が大きく取り上げられるようになっていた。このFiscal Cliffは日本の新聞などでも取り上げられ「財政の崖」などと訳され、一年前は誰も知らなかった用語なのに、今ではまるで一般用語であるかの如く日常お茶の間の会話に登場するようになった。2012年末までには余りに一般化しずぎて「うちの家計がFiscal Cliffで・・・」のような使い方までされる始末だった。
このFiscal Cliff問題、簡単に言うと2001年・2003年に実施されたブッシュ所得税減税が2012年末で自動的に失効するのとタイミングを同じくして、2011年に可決されたBudget Control Actに基づいて米国の国家予算の大きな部分がカットされるという歳出抑制策が2013年1月1日に「Kick-In」するというダブルパンチを意味していた。景気の足元が未だに定かでない状態で、このような二重苦を強いられては経済は一気に不況に逆戻りすると皆が戦々恐々としていた。そんな中、タイムリミットとなる2012年12月31日が刻々と近づいてきたのだった。
中でもブッシュ減税の失効は大半の納税者の所得税を押し上げることからその方向性が注目されていた。ブッシュ減税は個人所得税の最高税率を39.6%から35%に引き下げると同時に、キャピタルゲイン税率を20%から15%に、そして更に従来は通常所得として課税されていた(すなわち最高39.6%だった)配当をキャピタルゲイン同様に15%課税としたのが骨子であり、基本的には富裕層に有利な税制と受け取られている。
このブッシュ減税、実は元々2010年に失効する予定であったものが、2年間延長され、2012年にまた失効の憂き目に合っているというものだ。2010年のバタバタに関しては2010年12月6日のポスティング「ブッシュ減税+AMTパッチやっと延長の方向に」で触れているのでぜひ参考にして欲しい。Fiscal Cliffの幕開け問題とも言える2010年当時のバタバタ振りが分かってもらえるだろう。
*元旦にCliff法可決
2012年後半から民主・共和両党が譲らずに何回も決裂していた法案作成だが、何と2013年1月1日にCliff法がようやく可決した。それにしても、結局は中間地点で手を打てるのなら、何もここまで引っ張らなくてもと思うところだが、議会の先生達も結構見せてくれる。12月31日終了時点ではCliff法はなかったことから、厳密に言うと米国は財政の崖から一度落ちてしまい、落ちていく過程でやっぱりこれはまずい、ということで崖の底辺にクラッシュする前に背中のジェットパックが起動して崖っぷちに押し上げられたような感じかも。Helter Skelterみたいだ。
*ブッシュ減税部分的に恒久化
注目の所得税減税の運命だが、大方の予想通り、中間地点への着地で終焉した。もともと、ブッシュ減税を全て失効させてしまうと民主党の基盤も含む全ての納税者に増税効果があることから、オバマ政権案もさすがにそこまでは増税を望まず、民主党案は年収$250,000までは増税ナシ、それ以上の年収の場合にはブッシュ減税以前(最高税率39.6%)に戻すというものであった。一方の共和党はいかなる増税も認めない、代わりに民主党の好む政府による各種補助金的な歳出を抑えるように求めていた。米国の現状は(選挙後の2013年以降も)下院が共和党、上院が民主党、ホワイトハウスは民主党という勢力図になっており、両院が別の党に支配されていることから、基本的に超党法案でないと可決されないという難しさがある。
両党による調整(主に下院とホワイトハウス)過程では、共和党が$1,000,000以上の年収であれば増税を認めるとした案を出したり、オバマ政権側が$250,000を超える年収に対する増税は必ずしも39.6%でなくてもよい(中間の37%とかでもよい)という案を出したり、綱引きが続いていた。
結局のところ落ち着いたのは年収$400,000まで(夫婦合算申告のケースでは$450,000)は所得税率のアップはなし、それを超える場合にはトップ税率を35%から39.6%にアップというものになった。$250,000でないだけマシと言えるが、米国の事業オーナー的な身分だとおそらく$400,000はチョッと物足りないというのが本音ではないか。$1,000,000ならば余り文句もないレベルだったと思う。また、税率が39.6%まで一気に戻ってしまった点もショックに感じている方も多いと思う。20年ぶりに米国を襲う大きな増税となる。今回のCliff法、基本的には歳出カットは先送りし、その分を富裕層への増税で賄うという図式のものとなっている。歳入増の9割方は年収$1,000,000以上の納税者から見込まれるそうだ。
*キャピタルゲイン・配当
もうひとつの焦点であったキャピタルゲインおよび配当課税だが、こちらも折衷案的な解決が見られた。キャピタルゲインも配当も年収400,000まで(夫婦合算申告のケースでは$450,000)までの納税者に関しては15%は据え置かれるが、それを超える年収の者が受け取るキャピタルゲイン、配当は20%に上昇することとなる。配当が通常所得の39.6%まで戻っていない点には安堵した投資家も多いだろう。
ちなみに、配当に対する所得税率が15%から39.6%に上がるかもしれないという懸念の中、米国上場企業の2012年第4四半期の「駆け込み」配当は例年平均の7.5倍の額に上ったという。さすがに税制に敏感な国の企業の配当ポリシーだ。もっとも、似たような現象は2010年のオリジナルの減税失効不安時にも見られたが。
*結局は国民皆増税
所得税率だけ見ていると分からないが、実際にはほぼ全員が増税の影響を受けるというのが実態のCliff法だ。まず、社会保障税の公的年金部分(日本の社会保険料に相当)の従業員負担部分が4.2%に減額されていたものが1月1日より6.2%に戻る。これは年収レベルに関係なく適用される。
また、所得税を算定する際に認められる「個別控除(Itemized Deduction)」の金額にPhase Outと呼ばれる制限が再開される。このPhase Outは増税以外の何者でもないが、税率の方だけ見ているとその効果が分からないために「隠れた」増税と揶揄されることがある。Phase Outは年収$250,000の納税者(夫婦合算申告のケースでは$300,000)から適用される。また同じレベルの高所得者が計上する扶養家族控除にも同様のPhase Out規定が再開される。つまり年収$400,000行ってなくてもかなり踏んだり蹴ったりの状況となる場合もある。
ひとつグッドニュースはここ何年もサーカスのように時限的なパッチでごまかしてきたAMTの問題が恒久的に解決された点だろう。AMT所得税を算定する際に使用される控除額が物価スライド調整されたものに置き換えられる。AMTパッチに関しては2007年12月27日のポスティング「IRSのAMTパッチ対応Update」等で何回か触れているのでそちらを参照して欲しい。
*R&Dクレジット
もうひとつ多くの日本企業にとっての関心事であったR&Dクレジットだが、こちらは2年間延長された。R&Dクレジットは2011年で失効していたため、2年と言っても2013年までの延長となる。これもAMTパッチ同様に必ず延長されると信じられているがいつまで経っても時限立法の状態にある規定だ。
チョッと気になるのはR&Dクレジットの延長が法律化されたのが1月1日となると、2012年12月末の決算書にR&Dクレジットの影響を盛り込むことができるかどうかという点だ。これは会計原則の問題なので個人的には専門外となるが、FASB 109(Codifyされる前の番号で失礼)では法律が「Enact」された日を含む期にベネフィットを認識となっていたように思うので、1月1日ではどうなるか気になった。
また、日本企業には余り関係ないかもしれないが、タックスヘイブン税制下の「Active Financing」例外規定(GEが恩典を沢山受けているもの)、「Look-through」規定なんかも仲良く2年間延長され2013年まで有効となった。
*Fiscal Cliffこれから
Cliffは一応、軟着陸で乗り越えた。だが、基本的な国家財政の問題はこれからの課題として残り続ける。1月1日の法審議の際に下院共和党では「取り合えずタックスの部分のみ解決させ、財政は今後審議しよう。でないと何の法案も通らないから」という形で最終的には合意を見たと言われている。共和党としては何とか歳出を減らしたいが、そこにこだわり続けると結局、超党の法律は通らず、タックスまでもCliffから落ちてしまうとの懸念が最後は部分的な増税を含む法案にOKを出した形となる。
財政均衡の方向を見ても、両党のイデオロギー的な違いは大きい。米国でなぜいつまでも銃規制が行われないのか、という日本的に考えると不思議な疑問も、米国建国時からのイデオロギー的な戦いの中では簡単な解決策はない。それと同じようなことが今回の年末年始に掛けてのFiscal Cliff騒動に見られた。ということは今後の財政問題も簡単には超党的な解決はないように思える。
*2013年Resolution
最後に毎年のResolutionですが、もっと頻繁にポスティングしなくては!次回は書き始めた「過小資本についてスコティッシュパワー判例から学ぶ」というタイトルに関して半年振りに着手させて頂きます。それでは皆さん良いお年をお迎え下さい。