ボーダフォンと言えば英国を拠点とする巨大な携帯電話会社で世界中で携帯ビジネスを展開している。日本でもその名はよく知られているし、本拠地ヨーロッパでは街のあちこちにWindとかのいい感じの名前の横にボーダフォンの名前を掲げた店舗が目に付く。一方で米国ではボーダフォン・ブランドは余り知られていない。ボーダフォンはVerizonの大株主ではあるが、VerizonはVerizonブランドで携帯ビジネスをしているので一般の人にボーダフォンの名前は浸透していない。多分その辺のゲームおたくの中学生に聞いても名前を知らないだろう。以前にAT&T買収合戦を演じて一時名が売れたが、この買収劇、最終的にはCingularグループに軍配が上がっている。
そう言えばその昔Cingularの携帯使ってた時しょっちゅう途中で携帯が切れたが、AT&Tが今でもしょっちゅう切れるのはその流れかも。今ではiPhoneでもキャリアーが選べるようになってVerizonネットワークが利用できるので安心だが、AT&Tしか選択がない時代は辛かった。iPhoneとは別にVerizonが使えるBlackberryを持ち歩いて大切な電話はそちらでコールインするという本末転倒な状況だったからだ。AT&Tは地域によってはいいのかもしれないけど、マンハッタンの真ん中で全然ダメだったり、ロサンゼルスのFwy 405走っている最中に何回もドロップされたり、肝心の飛行場で通じなかったり、と個人的に使うことが多い局面で頼りにならなかった。
JFK空港のアメリカン航空のターミナルに昔、大きなビルボードがあり「幻の大陸、アトランティスが今日存在したならば、AT&Tが(携帯ネットワークで)カバーしていただろう(原文はもちろん英語)」と宣伝されていた。ところが、そのまん前でAT&Tを使うと携帯の入りが悪く困ったことがある。アトランティス大陸はいいから、それよりもマンハッタン、JFK、ロサンゼルスのフリーウェイとか基本的なところをまずは押さえて欲しかった。
*法律の予見可能性
インドの税制が外国からの投資に関して仮にUnfriendlyであるとしてもそれを最初から知っていて外国企業がインドに投資しているのであればそれはビジネス判断であり、予想通りに課税されてAfter-Taxの所得が圧縮されていても「想定の範囲内」であれば誰もが納得できるだろう。もちろん、外国企業にとって不利な税制が規定されていれば、限られたキャピタルで高い投資効率を求める多国籍企業がどの国に投資するかという意思決定をする上でその国にとって不利となるのは言うまでもない。
しかし、長期的に更にたちが悪いのは、どのように課税されるかという予測が困難なケース、すなわち法的な取り扱いに関して予見可能性が低いケースだと言える。これは法治国家として致命的な欠点であり、外国企業からの投資意欲を低減させる大きな一因となり得る。
日本の税法も外国から見てると、その適用に関して予見可能性が高いとは言えないケースもあり、長期的な日本の発展を考える上でこの点は改善が望まれると個人的には感じている。例えばのケースだけど、米国のLLCとかLPとかを日本の税法上どのように取り扱うかという点に関していくらなんでもそろそろ日本全国で分かりやすい尺度を明確にして欲しい。LLCは1990年代前半から頻繁に利用されるようになった事業主体だから、その存在が広く認知されてから既に20年の月日が経っている。当初はそのハイブリッド的な性格が分かり難かったというのも理解できるし、税金を取る立場に立つと、LLCを法人とした方が有利なケースもあるし(LLCの損失を取り込ませたくないようなケース)、パススルーとした方が有利なケースもある(LLCの所得を合算したいケース)という点も理解できる。ただ、法律としては単純にどのようなケースにパススルーになるのかという明確な指針が望まれるところだ。
一定の取引を実行したら、どの国でどのように課税されるのかというのを前もってある程度の確証度で予見できる状態、これを税法の予見可能性と位置づけてみるが、今回はそんな予見可能性という点を改めて考えさせられる契機となったインドのボーダフォンケースに触れてみたい。
*ボーダフォンとインド最高裁判所判決
外国企業から見たインド税制の混乱はボーダフォンを巡る取り扱いが3月後半にインドの最高裁判所にてボーダフォン勝利の結果に終わったところから始まる。この判決は多国籍企業がかなり注目していたもので、判決が下されるであろうと予定されていた日は、大手会計事務所、法律事務所の国際税務部門では朝から判決結果を待っているという臨戦状態であった。かつてOJ.Simpsonの刑事訴訟の評決が言い渡される日、オフィスのほぼ全員がキッチン(カンティーン)のTVスクリーンの前に集合していたのを思い起こさせた。
ボーダフォンケースの争点は、ボーダフォンが香港のハッチソン・ワンポアから112億米ドルでインドの携帯会社を取得した取引のインドでの課税関係だ。僕が香港に住んでいた20年程昔でもハッチソン・ワンポアと言えばスワイアグループとかジャーディンとかと並ぶ香港を代表する複合企業のひとつだった。香港の大企業は個人の大富豪が支配権を掌握しているケースが多く、ハッチソン・ワンポアもその例に漏れず、リー・カーシンという大金持ちが大株主兼会長であった。法人税15%程度でオフショアとかキャピタルゲインとか多くの所得が更に非課税という香港なので、儲かりだすと手元に残る財産も半端ではないことが多いな、と実感させてくれる一人だ。彼らが傘下に持っていたワトソンとかPark’N’Shopとかは、香港に住んでいれば毎日でも利用するような店なのでハッチソングループは我々にとってもかなり身近な存在だ。そんなハッチソンが投資していた先のひとつがインドで携帯ビジネスを展開しているHutchison Essarで、ハッチソンがその支配持分をボーダフォンに売却したのが事の始まりだ。
インドの税務当局はこの取引をインドでの課税対象であるとして、ボーダフォンに20億米ドル(80円換算で実に1兆6千万円!)の課税をしようとしていた。これを不服としてボーダフォンは5年越しの法的な戦いをしてきたが、このほどインド最高裁判所はインドの税法上、このようなオフショアディールを通じて外国の企業間で発生しているキャピタルゲインはインドに課税権はないという判断を示し納税者のポジションを指示したのだ。これはボーダフォンの主張そのものだ。またボーダフォンは仮に取引が課税対象だとしても、キャピタルゲインを認識したのは売り手であるハッチソン側なので、課税するのならハッチソンにしてくれ、という旨の代替ディフェンスも合わせて主張していた。
次回はもう少しこのケースの内容、そしてその後のインド税務当局のかなり過激な対応に触れたい。