Saturday, April 14, 2012

ボーダフォン・ケースと法律の予見可能性(2)

前回のポスティングでインドにおけるボーダフォンの税務問題を話し始めたが、今回はその続きだ。

*ボーダフォン・ケースの概要

ボーダフォンのケースではいくつかの事業主体が登場する。舞台はタックスのケースに相応しくオランダとケイマンだ。判例その他を読んでも全容が掴み難い部分があるが、簡単にReconstructしてみると次のようになる。Vodafone International Holdings BVという英国Vodafoneのオランダ子会社がハッチソン・ワンポアグループのケイマン法人であるHutchson Telecommunications International Ltd.からCGP Investments Holdings Ltd.の支配権持分を有する株式を110億米ドルで買収したというのが問題の取引となる。このCGPもケイマンの法人であり、多国籍企業の組織上、いかにオランダとかケイマンの法人が多用されているかという点がこのケースをチラッと見ただけでもよく分かる。ボーダフォンはこの買収を通じてCGPが保有するHutchson Essar Ltd.の支配権持分をボーダフォンが入手したことになるが、このEssarという法人はインドで携帯電話事業を展開しているところである。したがって、基本的な絵図としてはオランダ法人とケイマン法人というインドから見たら外国法人同士でケイマン子会社株式の買収があり、その買収の対象となったケイマン企業がその傘下にインドで携帯電話事業を行っている子会社を持っていたというものだ。

インド税務当局はこの買収の対象となったケイマン法人の価値はインドの事業資産に基づくものであるとして、インドで課税対象取引となると認定した。さらに、納税義務を負う者としては、110億ドルの買収対価を支払った側に「Tax Deduct at Source」すなわち源泉徴収義務があったとして、ボーダフォンに追徴をしようとした。キャピタルゲインを認識したのは売り手側であるが、追徴のターゲットとなったのはボーダフォン側であった。ここの部分はおそらく売り手であるハッチソンに課税はしたいけれど、取引に関与している法人がケイマンだったり、究極の親会社が香港だったりとインドで取立てを執行する管轄権が及ばないからこのような形になっていると考えるしかないだろう。ボーダフォン側は取引を実行したのはオランダ法人で取引の対象そのものはケイマン法人だが、インドの携帯事業がインドにあるのでインドに大きな資産を持っているため、徴収が可能と見られたのだろう。

これがかなりのストレッチされた課税であることは、同じパターンを米国とか日本に当てはめてみると分かる。例えば、日本企業が香港法人からその香港法人のケイマン子会社を買収したとする。更にそのケイマン法人がアメリカで事業展開する別子会社を持っていたとする。インド税務当局の理論をそのままこの仮の取引パターンに当てはめると、米国IRSが日本企業に対して、ケイマン子会社を下に辿っていくと米国の事業に行き着くので、香港法人がケイマン子会社を売却して得たキャピタルゲインは米国で課税対象だと言ってきて、さらに買収代金を支払った際に米国の税金を源泉するべきだったと主張して日本企業を課税する、というようなことになる。そもそも自国の法人の株式でも(不動産持分法人とか特定の例外は別として)外国企業同士の買収でキャピタルゲインが出ても課税しないのが一般的である中、外国法人同士の外国法人株式の売買に関して、自国の資産にその価値をトレースして課税してしまうという、今回のインド税務当局の課税はかなりレアな考え方と言える。

*最高裁判所の判決とインド税務当局の対応

この追徴課税に対してボーダフォンは法廷で争い、前回のポスティングで書いた通り、最高裁判所はインドに課税権はないと判断している。

ところが最高裁判所の判決を受けて、インド税務当局および財務省はボーダフォン同様の取引を課税扱いできるような法律の修正をナンと「1962年まで過去訴求して」修正する案を公表した。最高裁判所の判断に真っ向から対抗するばかりでなく、1962年まで遡ると言う過激な案に外資系企業はかなりビックリだろう。せっかく最高裁判所の判断で事が明確になったと思った矢先だ。インド財務省は「技術的には1962年まで遡ることができるが、過去6年を超えては課税関係のオープンするつもりはない」と「公平感(?)」を宣伝しているが、ボーダフォンケースは6年の視野に入るため、不公平感は当然全く払拭されない。

法律の改正は過去訴求しないとうのが大概のケースでの前提となるが、今回のインド財務省の対応はもともと国際課税ルールに照らし合わせてみてもかなり無理がある課税権を主張し、最高裁判所で敗訴し、それを受けて50年も過去訴求して法改正を試みようとしている、と言うもので、そうなるともう何を信じていいか分からない(=予見可能性の低い)状態に近い。

インフラ分野その他で今後ますます海外からの投資が盛んになりそうなインドでこのような法案が提出されてしまうと、投資しようと思っていた海外企業にもかなりの冷却効果があるだろう。現に各国の多国籍企業は今後のインド投資プランの再検討に入っていると言われているし、先進国の財務省からも落胆的なコメントが出されている。せっかくBloombergのGlobal Pollなんかでトップ3位の魅力的な投資先にランクされていたりするにも係らず、ビジネスのやり易さに関しては世銀のレポートでナント134位というとてつもなく低いランキングとなっているのも税法を含む法的その他の環境が難しいからだろう。あのエンロンもかつてインドの発電所建設で相当苦労したという話もあるし。

今後、法改正が提案通りに可決されるのかどうか分からないが、税務システムは予見可能性が高くないと結局はその国が一番の損をすることになるだろう。またFIN 48とかの税務を巡る会計処理もある程度の予見可能性がないと最終的な分析結果が出ず実質機能しないことになる。各国いろいろな個別事情があるとは言え、法律の適用には透明性の確保が望まれる。