Sunday, March 11, 2012

ついに米国もテリトリアル課税に?(5)

前回まで4回に亘り、米国の税法立案に大きな影響力を持つ下院のWays and Means委員会(W&M委員会)が提唱した米国テリトリアル課税(外国子会社からの配当非課税)法案に関して触れてきた。今回はその最終回として、テリトリアル課税に移行するとなった場合に米国財務省がどのように米国からの所得ベース流出を食い止めようとしているか、という点に関して簡単にまとめてみたい。

*テリトリアル化と課税ベース

税制が「全世界ベース」に基づくものである間は、例え一旦所得が米国から外国子会社に「移転」されたとしても、それが配当で戻っていた時に課税できるという意味では長期的には一時的な課税ベースの浸食であると考えることができる。しかし、この考えは実は現実味がない。

過去のポスティングで機会がある毎に触れている通り、米国多国籍企業は様々な手法で合法的に低税率外国子会社に所得を移し、その埋蔵金は巨額になるが、それらを単純に米国で課税される配当として米国に戻すということは考えられない。また、外国子会社の中には米国同様に高税率で課税された所得を持っているケースもあるが(E&Pの算定を利用して人工的に実効税率が高く見えているケースを含む)、外国からの配当は多くのケースでそのようなHigh Tax Poolを原資として実行されるため、米国に配当が戻ってきたとしても間接税額控除の恩典で実際に米国財務省に税収が多く入ることは少ない。となると、テリトリアル化した際に想定される米国の課税ベース侵食問題は基本的に現状でも全く同じレベルでの検討事項となることが分かる。

更に、全世界課税だろうがテリトリアルだろうが、移転価格税制の考え方は同じはずで、その意味で全世界ベースの課税システムを維持している現状でも、米国から海外子会社への所得流出は同様に網が掛けられているはずだ。

したがってテリトリアル化の税法案に課税ベースの浸食対応策強化が盛り込まれているのは、テリトリアル化でより課税ベースの移転に気を付けなくてはいけないという側面もなくはないかもしれないが、どちらかと言うと現状でも課税ベースが浸食され、その対応策が効果的でないので、それをいずれにしても見直しておくという意味の方が大きいように思う。

*過少資本税制

課税ベースの浸食のクラシック的な手法はグループ会社に利子を支払って高税率国の課税所得を圧縮するという考え方だ。配当は税引後の所得を原資とする一方で利子は損金処理できるので算数的には借り入れは大きければ大きい程投資に対するリターンは良くなるし(MM理論)、利子を受ける側の税率が低ければグループ内でお金をどう位置づけるかを工夫するだけで、グローバルベースの実効税率を下げることができる。米国多国籍企業はこの手のプラニングは徹底的に実行している。日本企業も、米国企業ほど腐心する必要はないにしても、日本がテリトリアル課税となっている今日、グローバルレベルでの競争力を考えるともう少しこの点を考えてもいいはずだ。

米国税務における過少資本への対抗策は細かいものを含めるといくつかあるが、メジャーなものは「アーニングス・ストリッピング規定」と「過少資本税制(Debt/Equity Classification規定)」の二つとなる。

アーニングス・ストリッピング規定に関しては以前に何回か特集しているので(2007年11月30日「Earnings Stripping Ruleの今後」参照)詳細はここでは触れないが、キャッシュベースのEBITDAから機械的に利子の支払可能額を推定し、超過額は利子という性格を維持したまま、将来に繰り延べるという規定だ。日本でも同様の規定導入が予定されている。

一方の過少資本税制はその昔、財務省が規則暫定案を公開したが、散々酷評されたあげくに撤回されてしまったという曰く付きのもので、今でも明確な指針がなく、多くの(時として整合性のない)判例を分析して検討する納税者泣かせ(タックス専門家泣かせ?)の規定だ。他の国では機械的なSafe HarborのDebt/Equity Ratioがあったりするが米国には規定されていない。考えてみると、その方が自然で、過少資本税制は個々の事実関係により答えが大きく異なる分野の代表的なものだ。Debt/Equity Ratioも場合によっては100対1でも経済合理性があることもあれば、3対1でも怪しいこともあり、これを十把一絡げに扱うことはかなり恣意的な判断になる。最終的には第三者から同じ条件で借りることができたのか、という点が一番大きな検討事項で、この経済分析を文書化しておくこと以外に効果的な対応策はないだろう。その意味で移転価格門問題に類似しており、法的な分析というよりも経済的なアプローチで解決せざるを得ない問題だ。

そんな前提の中、今回のテリトリアル化提案には過少資本に対する具体的な対応策が規定されている。それによると過少資本税制は米国法人が他の国に関連会社を持っている際に適用とされる。これはもっともな話しで、どんなにDebt/Equity Raitoが高くても非関連者から借り入れているのであれば、信用力に準じた借り入れになることから過少資本税制取り締まりの対象とする必要はない。また、課税ベース侵食の手法としての借り入れは低税率国に設立されている関連者(Group Finance Company)からの借り入れを利用することから、米国外に関連者が存在する場合に問題となる。

提案では、グループのグローバルベースでのDebt/Equity Ratioを算定し、米国内グループの同Ratioがグローバルベースのものより高い場合に潜在的に過少資本税制の適用があるとされる。すなわち米国のLeverageがグループ平均より高いケースに問題があるというアプローチとなる。

次に課税所得に調整を加えた調整課税所得(おそらくアーニングス・ストリッピング税制のようにキャッシュベースのEBITDAのようなもの)の一定%を超える金額のネット支払利息(支払利息マイナス利子所得)を損金不算入とするものだ。面白いのはここで損金不算入とされた金額は、アーニングス・ストリッピング規定同様に利子として将来に繰り越すことができるとされる点だ。通常の過少資本税制は借入過多の部分は資本とみなすため、利子として引けない部分は配当に再区分されることから将来的に損金算入できる道は残されない。この点に関して今回の提案は異なり、実質セーフハーバーが1.5からグループ全世界Ratioにすり代わった新型アーニングス・ストリッピング規定の様相を呈している。

そもそも米国税法の抜本的改正案を論じる者の中には、借入と資本に対して税務上異なる取り扱いを規定していること自体が諸悪の根源であるとして、二つの取り扱いに整合性を持たせるべきという提案もある。整合性を持たせるということは支払利息を配当のように損金不算入とするか、または配当を利子同様に損金算入するか、のいずれかだろう。ベルギーのように「みなし利子控除」を認めるというのも一案だろう。

*外国子会社への所得移転

支払利息の損金算入と並んでフォーカスとなるのが価値のある無形資産を米国外に置いて米国の課税ベースをミニマイズさせるというものだ。この点に関係して提案では3つの代替案が規定されている。

まず第一の案は、オバマ政権が以前から提案しているものと同じで、米国から移転された無形資産を基に低税率国で多くの所得(Excess Profit)を得ている場合にはそれをSubpart F所得と認定して米国でも課税してしまおうというものだ。従来からの移転価格規定でも外国に無形資産を移転する際に受け取るべき対価は将来の収益性を反映させたものでなくてはならないといういわゆる「Commensurate with Income」規定があるが、それを更に過激にした感じの内容だ。

2つ目の代替案もかなり刺激的だ。この代替案の適用は無形資産からの所得に限定されておらず、他の所得も対象となる点で他の二つの案と異なる。すなわち、実効税率が10%以下のケースで、その所得がCFCの所在国を源泉としない場合、そのCFCの総所得(=Gross Receipt)をSubpart F所得として米国で課税するというものだ。

3つ目の代替案はパテントボックスに通じるものがある規定だが、全世界の無形資産からの所得を15%という恩典低税率で課税してしまおうというものだ。

テリトリアル化自体の実現がここ数年のスパンで考えるとどれ程現実的なものか分からないので、ここで触れた課税ベース侵食対策も今後どのように実現していくのかは未知だ。もしかすると、テリトリアル化は先送りされるにも係らず、課税ベース侵食対策のみ先行して法制化なんていうシナリオもあり得るかもしれない。実質、一旦逃げた所得が課税所得として米国に戻ってこない実態を考えると、テリトリアル化の有無とは関係なく、課税ベース侵食対策は必要というのが財務省の考え方であったとしても何の不思議もない。