前回のポスティングで触れた通り、FIN 48は会計基準であり、FASBが自主的に制定したもので、IRSがFASBにプレッシャーをかけて作らせた訳ではない。しかし、会計処理上、そのようなオイシイ情報を納税者自らがまとめているとなると、IRSとしてはどうせだったらどんな内容か見てみたいだろう。それでも最初の頃は我慢して「FIN 48のワークペーパーは税務調査で見たりしません」という潔いポリシーを公表したりしていた。しかし、2010年の初頭には我慢は限界に達し、いきなりAnnouncement 2010-9で「Sch. UTP」という新兵器導入の意図を発表することになる。この辺りの経緯に関しては2010年1月29日のポスティング「IRS本性現す」を参照のこと。
ちなみに米国大手企業のFIN 48引当金計上額はスケールが大きい。公になっているもので見ると、GEは87億ドル(面倒なので100円計算するとナント8700億円!)、ファイザー77億ドル、ATT75億ドル、倒産しかかっていたGMでも54億ドル、マイクロソフト54億ドル、金融危機で有名になったAIG48億ドル、とリストは延々と続く。タックス・プラニングにお金を惜しまない米国MNCの面目躍如となる豪快な金額を披露してくれている。もちろんFIN 48は全ての法人税(Income Tax)が対象なので、IRS管轄の米国連邦法人税ばかりでなく、州税、外国法人税全てに係る不確実ポジションが含まれる。したがってパッと見には正確にどこまでがIRSに関係する引当かは分からないが、こんな金額を見せつけられると誰でも「一体全体この中に何が含まれているのか」と興味がわいてくる。税金の徴収担当AgencyであるIRSが知りたいと思うのは当然だ。
Announcement 2010-9が発表された直後は当然、喧々諤々の論争が起こった。従来からの税務調査等に係るリスクマネージメントの考え方を根底から覆すと言っても大袈裟でない内容だからだ。納税者自らが申告書に「こことあそこのポジションが怪しいです!」と宣言するような様式を添付する訳だから税務調査の際にはこれをロードマップに乗り込まれる可能性が高い。
納税者側の反応はもちろん相当ネガティブだった。コメントの中にはIRSにはそもそもそんな情報の開示を指示する法的権限がないというものもあった。三権分立が確立している米国ではIRSと言っても行政権のみ持つAgencyだ。立法権を行使することがあればそれは憲法違反となる。過去にもIRS(正確には財務省)が発行した財務省規則が、税法(Internal Revenue Code)にそのような規則を作成する権利が明確に規定されていないという理由で無効とされたこともある。勝手に今まで存在しなかった情報開示を法律の根拠無く行うことはできないという納税者側の主張も理解できるものだ。また、不確実性のあるポジション開示は、場合によってはPrivilege(弁護士・依頼人間の秘匿特権)に反するという意見もあった。
IRSが納税者側からのコメントを受け付ける期間を設けて反応を伺っている当時の状況下、猛烈な反対を受けてIRSが開示適用を延期または最終的には撤廃するのではないかという楽観的な憶測もあった。しかし、IRSはコメント受付期間を3月末から6月末に延長する一方で、2010年4月には早々とSch. UTPのドラフト様式を公表して既成事実が出来上がっていく。そして9月にはSch. UTPの最終様式が公表され、2010年課税年度からの開示が現実のものになってしまったのである。こんな背景で導入が決まったSch. UTPだが、次回のポスティングでは実際の開示内容その他に触れたい。