Monday, March 22, 2010

IBM追徴課税に見る日米税法の違い(1)

税金に関するニュースというのは、商売柄そのネタがどこの国のものであってももちろん気になるものだ。一昨日の報道の一面を飾った日本IBMの「4000億円の申告漏れ、300億円以上の追徴」というニュースもそのひとつだ。

金額が大きいこともひとつだが、日本IBMの取引手法を見ていて、日米の税法の違いというものを再認識させられた点でも興味深かった。また、米国ではIRS側の守秘義務が徹底されているため、裁判にならない時点で税務調査の結果が新聞で報道されることはまずない。もちろん上場企業であれば大きな追徴を株主に対して開示することはあるが、IRSがリークというようなことは通常あり得ないだろう。

*IBM節税手法

報道の内容に基づくと、損失はグループ内での株式譲渡から発生し、その損失を連結納税を通じて他の所得と相殺したというものだった。米国の税法下では考え難い手法であるが、日本の税法を文字通り適用すると合法的であったのだろう。IBMグループの行うことであるから税法を十分に検討した上での取引であったはずだ。

報道された取引内容を「米国式」に捉えなおすとどうなるかという点を考えてみた。日本と米国の税法の比較題材としては結構面白い。なお、実際の取引の取り扱いがどうだったかという点とは必ずしも関係ない点予めお断りしておく。

*米国親会社からグループ子会社株式取得

今回問題とされている取引の第一ステップは、日本IBMの親会社に当たるAPH社よる日本IBMの株式取得だ。具体的には、米IBMは自分の子会社であった日本IBMの全株式を現金2兆円でAPH社に売却したとされる。しかもこの2兆円は売り手である米IBMが資金提供したということだ。

資金提供の部分は取りあえず置いておくとして、米国税法下では子会社をグループ内の会社に売却して現金を受け取るとSec.304で「みなし分配」となり、E&Pの範囲で配当となる。今回、米IBMは自分が持っていた日本IBMの株式を別の子会社であるAPHに売却し、結果として日本IBMはAPHの子会社、米IBMの孫会社となっている。

Sec.304下でのみなしの取り扱いをもう少し正確に言うと、米IBMは日本IBM株式をAPH社に現物出資し(Sec.351)、その対価でAPH社株式を受け取り、APH社が即座に自己株式を米IBMから現金で買い戻したかのように取り扱われる。APH社による償還は米IBMがAPH社の100%親会社であることからSec.301の分配扱いとなる。したがってE&Pの範囲で通常は配当扱いだ。

米IBMは米国法人なので、米IBM側での取り扱いは米国税法に基づく。もしSec.304が適用されていると、日本側では2兆円で株式を取得した取り扱いとなっているにも係らず、米IBMサイドの米国税法上取り扱いは「2兆円の分配金」を受け取ったことになる。株式売却と取り扱われないので、米IBMとしては日本IBMに対する税務上の投資簿価をコスト計上することもできず、かつキャピタルゲインとならないためキャピタルロスと相殺することもできず一見不利な取り扱いを受けているように思われるかもしれない。

しかし米国で配当扱いされるということは間接税額控除が適用できる。日本のような高税率国からの配当は「High Tax Pool」からの配当となり(Tax Poolの考え方は「時代に逆行-アメリカの国際課税ルール(7)」を参照)、米国側で配当所得に対して課される米国法人税はゼロとなっている可能性が高い。それどころか、日本のTax Poolが高いことから、同じバスケット内に他の外国源泉所得がある場合で外国税額控除が足りてないようなケースでは、他の米国法人税までも圧縮していても不思議はないだろう。

結果として、米IBMが日本IBMという子会社株式をもうひとつの子会社であるAPH社に売却するという単純な取引を行っているにも係らず、米国では税額控除を利用して税金は発生せず(少なくとも連邦法人税は)、日本では取得コスト(当時の時価相当と思われる)2兆円が日本IBMの簿価になっている。米IBMの日本IBM株式に対する税務簿価がいくらだったか分からないが、2兆円よりは低かったと推測するのが普通だろう。となると税務コストゼロで日本IBM株式の簿価を日本目的で2兆円にステップアップさせたこととなる。

もし全ての当事者が米国法人であったなら、APH社が持つ日本IBMの株式の税務上の簿価はSec.304の考え方から米IBMの簿価を引き継いだであろうことから、この部分ひとつを見ても日米の取り扱いの差異を利用して、もちろん合法的に、税務的には効率の良い取引と成り得たことが分かる。

Hybrid InstrumentやRepoに代表されるように、同一取引の二国間の取り扱いの差異を利用するというのは国際税務プラニングの大基本だと言え、多国籍企業であれば何らかの形で関与したことことがあるだろう。

もうひとつ、このステップで面白いのはAPH社が株式を取得する際に必要とした2兆円という資金が株式の売り手である米IBMから供給されたと報道されている点だ。資金供給と株式売却の期間的な差異その他の情報を知らないので何とも言えないが、米国税法には「Circular Flow of Cash」という考え方があり、お金が「行って帰ってきた」場合にはそのキャッシュフローは無視するという取り扱いを受けることがある。今回のケースで米国サイドで実際にどのような取り扱いを受けたか知らないが、Circular Flowが問題となるようだと、2兆円の資金の動きは無視され、結果として単に日本IBMの株式をAPH社に現物出資したとだけ取り扱われる可能性もある。いずれにしても米国での法人税は発生しない。

次回のポスティングでは日本における日本IBM株式の買い戻しの取り扱いに見る日米税法の差異に関して続ける。