つい最近、IRSはRev. Rul. 2008-31で価格指数デリバティブを基とするスワップを利用した形での米国不動産投資は「FIRPTA」規定には抵触しないという判断を下した。当然、このRulingは外国人投資家、またケイマン等に本拠地を置くヘッジファンドなどにとっては米国の税コストを低減させながら投資効率を上げることができる吉報である。不動産投資に係るスワップについて詳しく触れる前に、まずは外国人投資家から近年取り扱いが注目されている「エクイティー・スワップ」に関して触れてみたい。
*エクイティー・スワップ
エクイティー・スワップとは金融デリバティブの基本的な形態のひとつで、株価指標または個別銘柄等のパフォーマンスと金利をスワップするものである。税務上は「Notional Principal Contract (NPC)」という正式用語で規定されるもののひとつで、その用語が示す通り「想定元本」に基づく契約である。基本的に投資家とディーラーの相対契約となることから(Futuresのように市場で売買されているものと異なり)、どのような銘柄、指標を基とするか、最初に想定元本となる金額の決定、最後のTermination Paymentの計算方法等、かなり弾力的な設定が可能だ。
最も基本的な「Plain Vanilla」パターンのエクイティー・スワップの例としては、AはBから銘柄Xという株式の配当と同額を受け取り、BはAからLIBORに基づく金利と同額を受け取るというものだ。実際にはAが株式を保有することはないが、スワップを実行する時点での銘柄Xの株価に基づく「想定」借入がBからAに行われた形となる。その後例えば年に一回、株価の変動に基づく精算を行い、想定借入額もその時点の株価に連動するようなイメージだ。実際のキャッシュフローはみなし配当、株価の変動、利子等全ての相殺したネットベースで行う。
そして仮に3年後にスワップを手仕舞いするとして、精算はその時点の株価に基づき行われる。経済的には借入をして株式投資するLeveraged Security Purchaseと基本的に同じである(Xが倒産等した場合の権利は異なるであろうが)。
上の形態は単なる典型的なスワップ契約の一例で、実際には無数のバリエーションがあるが、多くのスワップ契約では、AおよびBの双方のいずれにも株式を保有する義務はない。Bに関して言えばExecutionリスク等のヘッジのため、実際に銘柄Xを購入することも十分に考えられるが、それはB独自のリスクヘッジ判断であり、スワップ契約に基づくものではない。
なお、似たような用語に「デット・エクイティー・スワップ」というものがあるが、こちらは本当に(想定ではない)借入の返済を株式にて行うというケースに用いられるもので、今回のテーマであるNPCではない。
*エクイティー・スワップのメリット:レバレッジ・レシオ
スワップを通じての株式投資は、直接株式に投資する手法に比べていくつかメリットがある。その一つはレバレッジ・レシオであろう。直接株式に投資する際には米国の規制下では一定の比率までしか借入を原資とすることができない。一般的にはこのレシオは50%である。一方、スワップに関しては契約の当事者が合意する内容で自由に締結が可能となることから、レバレッジを利用して投資効率を高めたいと願うヘッジファンドのような投資家にとってはスワップは格好の投資手段となる。
*エクイティー・スワップのメリット:源泉税
外国人投資家(タックスヘイブンを本拠地とするヘッジファンドを含む)にとってエクイティー・スワップという形で米国株式に投資するもうひとつ大きなメリットは配当が米国で源泉税の対象とならないことであろう。これはエクイティー・スワップから発生する配当見合いの金額の源泉地は「配当見合いの金額を受け取る納税者の居住地」とされていることに依る。
米国で源泉税の対象となる支払いは基本的に「ECIでないFDAP」となるが、FDAPの定義の重要な要素のひとつは「米国源泉所得」である。外国人の居住地を源泉地とするということは、多くのケースで外国源泉所得となるということを意味するため、その時点で米国での源泉税対象から外れることとなる。
この取り扱いは、借入をして米国株式に投資するという経済的には瓜二つの取引に対する取り扱いと大きく異なる。通常、米国株式からの配当は30%の源泉税対象である。租税条約締結国の居住者は低減税率の恩典を受けることができるが大概は10%~15%の税率で課税される。日米租税条約でも小口の一般投資家の受け取る配当は10%の源泉税が規定されている。
さらに多くのヘッジファンドはケイマン島のような租税条約のないタックスヘイブン居住者となっているため、30%源泉税の有無の差は大きい。
*なぜエクイティー・スワップだと源泉税がないか?
資本の「輸入国」である米国には外国からの投資を奨励する税法規定は他にも存在する。代表的なものは一般外国人投資家が米国の債券等から受け取る利子所得が源泉税から免除されるという「Portfolio Interest」規定だ(この規定は10%以上の持分を持つ株主が債権者の場合には適用できない)。この規定に基づき外国人が米国から受け取る利子所得は内国法で源泉税が免除されるが、一方で配当に関しては同様の規定はない。
エクイティー・スワップに対する源泉税免除は金利に対するPortfolio Interest規定のように政策的に外国からの投資を誘致するような仕組みの一環と考えるべきであろうか。しかし、それであれば配当そのものに「Portfolio Dividend」規定のようなものを新設してもいいと思えるが、そのような動きはなく現状ではエクイティー・スワップのみ優遇されている。
確かに、スワップで実際に株式を取得しないケースを考えると、本当に支払われる配当には誰かが税金を支払っている訳で、そう考えるとエクイティー・スワップに基づく配当見合いの支払いを本当の配当と同じように取り扱うのも変なのかもしれない。ただ、経済的にほぼ同様な結果に至る取引が異なる取り扱いを受けることから様々なタックス・プラニングの対象となり、となるとIRSはその悪用に網を掛けるということにもなり、例によって税法運営がますます複雑化していくこととなる。
*エクイティー・スワップ源泉税免除と注意点
エクイティー・スワップが有利なのは配当に対する源泉税という局面に限られ、Termination Payment等の他のPaymentの取り扱いに関しては直接の株式投資と差はない。外国人が米国株式等のPersonal Property(不動産以外の財産=動産)から得る売却益は基本的に納税者の居住地が源泉地となることから、いずれにしても非課税の取り扱いを受けることができるのが一般的であるからだ。
エクイティー・スワップからの所得が米国事業に関連する「ECI」と取り扱われる際には全く別の規定が適用され、基本的には累進税率で課税対象となる。ただし、株式投資、エクイティー・スワップ投資を自分のアカウントで「Trading」している限り、米国事業とはならないというのが一般的な取り扱いであり、もちろんヘッジファンドなんかはECIとならないような形態で投資している。
また、エクイティー・スワップという名称で契約を結んでも税務上、それが本当にエクイティー・スワップと取り扱われるかどうかは常に検討するべきであろう。金融商品には経済的な実態が同じでも形態が異なるものが多数あることから、IRS側も実態に基づき取り扱いを決定するはずだ。エクイティー・スワップと似たような取引で税務上の取り扱いが異なる(すなわち配当見合いが源泉税の対象となるケース)としては、Security Lending(空売りに必要な株式を調達するようなケース)、レポ取引、Common Lawに基づく株式みなし所有(名義は別でも実質の所有があるという認定)等が考えられる。