Saturday, May 24, 2008

日本版Sec.965「海外子会社からの配当金非課税」

日本の経済産業相が日本企業が海外で稼いだ利益を国内に還流させるため海外子会社からの受取配当金を非課税とする税制改正を求める方針を表明したというニュースは多くの方が既にご存知のことと思う。米国にある現地法人では早くも2008年の日本親会社向けの配当は見送り、税制改正が適用されるかもしれない2009年を待つという政策を検討しているところもある。特にR&Dクレジットその他の利用で米国での実効税率を低く抑えることに成功している企業にはこの点は重要である。

*日本での海外子会社からの配当課税

日本における海外子会社からの配当課税は基本的に米国の取り扱いと同様だ。すなわち、配当は全額課税されるが、配当の支払いに課せられた外国での源泉税は直接税額控除、配当原資である現地法人の所得に課せられた外国の法人税は間接税額控除の対象となるというものだ。

米国現地法人から日本親会社に対する配当は租税条約上、通常は0%の源泉税となるため、間接税額控除のみが検討事項となる。仮に日本の実効税率を40%とすると、米国で同様の実効税率にて法人税(連邦プラス州)を納めているようなケースでは日本で追加で支払う税金は最小限となり、経済産業省の提案する税制改正は余り意味がない。したがって、提案されている税制改正は、低税率国からの配当、または米国のような通常は日本同様の税率にて課税される国にありながらR&Dクレジットその他の節税プラニングに基づき実効税率が抑えられているケースで最も大きな効果を発揮するものと思われる。

*なぜ非課税とするか?

今回の経済産業相による提案は、従来の税法下で海外での利益を配当として日本に還流すれば、40%という世界でも最も高い水準の法人税を課せられることが背景にある。すなわち、海外に資金をおいたまま再投資に回すことを税法が促進しているのではないかという考え方に基づく。日本で課税されるくらいならと海外で稼いだ利益は現地においたまま投資に回す方がいいと考えるのは確かに当然であろう。税制を改正することにより日本の外に眠っている資金を帰国させ、日本の国内経済の成長に寄与させようというものだ。

*米国のSec.965

この試みを耳にして直ぐに思い起こされるのが2004年に米国で施行された「American Job Creation Act」の一条項であろう。この条項は税法のSec.965として法律化されたもので、基本的に一年間の期間限定で米国外子会社からの配当の85%を非課税とするというものであった。連邦法人税は35%であることから、海外子会社からの配当は実質5.25%の課税で米国に還流することができたということになる。

この税法は日本で提案されているものと同様に「米国での投資・雇用を促進するため」という目的を持っていた。また、通常の配当ではなく、特別に大きな金額の配当であること、そして従来は米国に還流する意図のなかった金額を持ち帰るという条件もついていた。

米国では海外にて無期限に再投資すると経営陣が意図している海外の所得に関しては会計上、繰延税金を計上しなくてもよいという会計原則(APB 23)がある。この会計原則を利用して大企業のほとんどが決算書上、海外の低税率国で稼いだ利益は「永遠に再投資するつもりだ」と開示して米国の繰延税金を計上しないでいる。このような元々外国で再投資すると開示されていた金額を米国に持ち帰ることによりSec.965の恩典を享受することができた。その場合、急遽配当されることなった金額に関しては決算書上も繰延税金、または実際に配当された時点で本当の支払い税金が計上されることとなるが、連邦税に関して言えば5.25%という低い税金費用を計上すればよいだけに止まる。

*米国での投資・雇用促進は実現したか?

上述の通り、米国のSec.965下での非課税恩典を受けるには海外からの配当が米国での雇用・投資を促進する目的に使用される必要があった。具体的には「米国投資案(Domesticn Reinvestment Plan)」というトップ経営陣に承認され文書化されたプランに基づき配当された金額が米国での雇用、従業員教育、設備投資、R&D、雇用創出のための企業の財務体質強化、等の目的に使用される必要があると規定されていた。また、配当を経営陣の報酬に回してはいけないという規定も設けられていた。

多くの大企業がSec.965の恩典に基づき多額の配当を行ったが、実際に米国投資に目に見える効果があったかどうかは疑わしいという声もある。

*お金に色なし

一番の問題は「お金に色はない」という点であろう。多くの企業がSec.965の適用有無に係らず、いずれにしても米国内で設備投資、R&D等の活動をする必要がある。したがって、配当に基づいて新たに特別な活動を開始する必要は必ずしもなく、従来からいずれにしても行う予定であった活動をあたかもSec.965 のための活動かのように位置づけることが可能であった。そして、それらの活動を特別配当で賄ったことにして非課税の恩典を享受することができる。となると今度は本来使用するはずであった資金に手を付ける必要がなくなり、こちらの余剰資金を、経営陣に報酬を支給したり、株主へ配当を行ったりとSec.965では認められない好き勝手な用途に振り向けることができる。何のことはない結局、特別配当は「間接的」に企業の好むどのような目的にも使用されていたことになる。

*日本ではどのような条件が付くか?

日本版Sec.965ではどのような条件が規定されるのか現時点では分からない。注目すべき点としては、1)時限措置となるのか永久措置か、2)配当を原資とした日本での投資用途等に係る条件が設けられるのか、3)金額的に通常の配当粋を超える必要があるのか、その場合にはどのような算定でその判断を行うか、というようなことであろう。

どのような条件を付けたとしても米国の経験からその有効性は保証されないし、また逆に条件ナシとしてもグローバルで競争する日本企業がどれだけ敢えて日本に資金を還流させる決断をするか、等予測困難な問題も多い。いずれにしても今後の展開がかなり興味深いと言える。