Friday, December 6, 2019

DCからのお手紙でOECDデジタル課税・ピラー1に早くも暗雲?

新たな課税権(Nexus)およびその際の所得按分法を提唱しているOECDのデジタル課税ピラー1には各界から多くのコメントが寄せられているけど、基本的にピラー1による課税を集中して負担することになる米国企業を抱える米国政府がどう出るかは今後のコンセンサス作りの成否を占う上で注目度が断然高い。

そんな中、米国がピラー1に引導を渡したとまでは言わないけど、少なくとも不吉な暗雲が立ち込め始めたと言える事態が発生した。BEATやFTCの最終規則+新規則案計1,000ページを解析している真っ最中だというのに、国際課税に関する話題は次々と事欠かない。

その事件は12月3日に起きた。その日、米国財務省長官のMnuchinはOECDのアンヘル・グリア事務総長に書簡、すなわち「お手紙」を送り、ピラー1における従来の移転価格原則からの強制的な逸脱には重大な懸念がある、と表明したのだ。

厳めしい感じの財務省の紋章付きレターヘッドほぼ一枚(正確には2ページ目に一文+Mnuchinのサイン)、本文2パラグラフというかなり簡素なお手紙は「米国は、国際課税制度が直面している問題に真剣に取り組むOECDの姿勢を支持しています」と唐突に始まる。英語は不思議な言語で、反対する時はまず賛成っぽい流れで入ることが多い。ただ、その後に反対が来る前触れの賛成の表現はどことなく反対を予感させてくれるものだ。昇給がない年のHRとのミーティングでまず「あなたの貢献には感謝しています」と切り出されてる感じだろうか。

で、お手紙は続く。以前からの米国のスタンスだけど、まずは、各国独自のデジタルサービス課税(DST)は米国企業を狙い撃ちしていて、グロス課税は従来の国際課税の原則から乖離しているので断固反対と表明している。その上で、新たな国際課税制度が立ち上がるには租税条約の改訂が必要となるばかりでなく、各国の国内法を整備し直す必要があり、選挙で選ばれる議員が議会で立法することを考えると、国民・企業の強い支持が不可欠となる、と何となく変な方向に話しが展開していく。でもこれは本当で、仮に米国財務省がOECDのピラー1に賛同を表明したとしても、米国の国内法を変えることができるのは議会。その点に関して行政府の財務省は無力とまでは言わないまでも、三権分立的には脇役を演じざるを得ない。すなわち、米国企業がどう考えるか、という点を十分に反映させないと米国として真の賛同は不可能ということになる。

で、「米国納税者からの支持に関しては、予見可能性や執行可能性を高める点は納税者の望むところで、広範な支持を取り付けることはできるものの、米国納税者が長年拠り所としてきた従来からの独立企業間価格(ALP)の考え方からの強制的な逸脱には重大な懸念を持っている」と爆弾を落とした。

強制的なALPからの逸脱こそ今回の目玉というかピラー1そのもの。新たに発生する課税はALPから逸脱することを大前提としているからだ。とは言えOECDとしてもALPを完全撤廃するつもりは毛頭なく、だからこそALPに新課税をどのように「かぶせる」かに苦労し、これがピラー1の「Amount A」という苦肉の策に落ち着いている部分だったと言える。例えば20%とか、かなり高めに設定するみなしルーティン利益を上回る超過利益部分の、さらに上澄み部分20%とかの一定部分、OECD言うところのUpper PortionのみをAmount Aとすることで、ALPからの逸脱インパクトを最小限にしようとしていた。Amount Bは課税権に関して新たなものではなく、どちらかというとALPの簡素化というか、Routineマーケット活動に対するALPをみなしで固定リターンとするもの。

なので、米国財務省がALPからの逸脱に重大な懸念を持つということは、すなわちAmount Aに重大な懸念があると言っているに他ならない。で、Amount Aこそが新Nexusに基づく課税額となる訳だから、これは更に言えば、ピラー1そのもののアーキテクチャーに重大な懸念があると言っているに等しい。え~、そんな根底を覆すようなことを挨拶も早々にいきなり最初のパラグラフから告知してしまうんだね。

そして続くその次の提案にまたビックリ。「そうは言うものの・・(英語では「Nevertheless…」)」と続き、ピラー1を「Safe Harbor」制度にしてしまうことで、ピラー1の目標も大概において達成でき、かつ米国納税者の懸念も払拭されるんで、そうしましょう、というもの。

そして最後に「GILTIをまねたピラー2はサポートしますよ」とし、「ここまで行ってきた議論を土台に、この線(すなわちSafe Harbor路線)でOECDと協働していきたいと考えています」と言っている。そしてなぜか2ページ目に一文だけ「各国独自のDSTは即刻取り下げてOECDが国際的な合意が取り付けられますように」と結んでいる。こんな短いセンテンスだけが2ページ目にPush-Out(BBAのパートナーシップ税務調査じゃないけどね)されているのはレターのビジュアルなイメージが何かぎこちなくて変。

Safe Harborにするってどういうこと?って思うけど、米国税法でSafe Harborって言う用語は、通常、安全ガイドラインというか、事実認定を個別にしないでも何かをみなしでOKするというようなニュアンスで使われ、いやなら本当の事実認定に基づいた取り扱いを選択することが認められる制度を意味することが多い。となると、おそらく、従来からの課税方法や国別のDSTで課税されるのが面倒ならピラー1を選択して、従来であれば課税権がない国にNexusを認め、Amount Aの国別配賦額に対する法人税を支払う、ということだろうか。もしかして、超過利益が存在しない法人はSafe Harborを利用し、Amount Aで本当に被害を被むる米国ハイテク大手はSafe HarborではなくALPに基づく主張で戦う選択ができるような制度を想定しているのだろうか。

または逆に、そもそも自分達はデジタル企業でもないし、国別DSTの対象からも外れ、従来の課税システムに基づく各国の課税で大きな歪は生じていない、と考えるどちらかと言うと伝統的な企業はSafe Harborではない純粋なALP、すなわち今と同じ課税システムを選択し、GAFAみたいにDSTの対象となって困るところがAmount Aに基づくピラー1を選択するということかもしれない。Safe Harborの具体的な考え方はレターサイズ一枚ちょっと、しかも沢山マージンがあってBodyは2パラグラフというお手紙からは読み取れない。今後Big Newsになるだろうから、Safe Harborの目指す姿は分かり次第分析してみたい。

ただ、仮にそんなSafe Harbor制度となると、ピラー1で米国大手ハイテク企業に加え、より多くの企業が認識する所得の一部でも課税して税収を得ようと手ぐすねを引いて待ち構えている国は、空振りに終る可能性も出てくるので、取る側としては賛成できるはずではなく、NexusとかAmount A、B、Cとかの理論の話しではなく、もともとどうやって米国大手ハイテクその他企業の超過利益をマーケット国で課税する国際的な枠組みを作るか、っていう出発点から考え直さないといけなくなる。でも、この展開は当然予想されるべきもので、Amount Aのほとんどが米国企業の所得で構成される制度を新たに135国で導入しようとすれば、134対米国という戦いにならざるを得ない。Mnuchinのお手紙のタイミングが、フランスによるDST導入の報復措置として、米国がフランス産ワインとかチーズに追加関税を発表したタイミングと重なっているのも興味深い。

急にこんなお手紙が届いて慌てたのはOECD側。シロやぎさんやクロやぎさんと違ってOECDはMnuchin財務長官からのお手紙を読まずに食べたわけではないんだけど、仕方がないから早速「さっきの手紙のご用事なあに」って(?)お手紙書いた、に近い。

正確には翌日の9月4日に早速返事を出している。やぎさんのお手紙と違って即日に着くところから、当たり前だけど実際には電子メールでやり取りしているのが分かるね。米国のサポートには感謝しています、とか今回のデジタル課税の流れは米国税制改正が大きな転機になっていますとか、欧州の礼儀と言うか慣習というか、カウボーイ的な米国を代表するMnuchinからのレターよりは相当長めの前置きがあり、その後に「既にコンサルテーションのプロセスに入っている」とか「今までピラー1をSafe Harborにするなんて聞いたことないけどどうなってるんでしょうか?」みたいな本題があり、「135カ国のコンセンサス取りに大きな影響があるので、大至急、クリスマス前にパリに来て話しましょう」と締めくくっている。やぎさんのお手紙よりはいいけど、最初のレター、一層のこと読まないで食べちゃった方がよかったかもね(?)。

OECDとしては寝耳に水だったかもしれないけど、過去に米国がピラー1を明確にというか、公式に支持していた訳ではないので、提言に対する米国企業のコメントを反映して、米国財務省の正式コメント・スタンスが今回、初めて公になったって見る方が、僕たちみたいにNYCとかで事を見ている、すなわちどうしても米国側からの視点で見てしまう場合には正確な位置づけのように思う。元々、合意までのタイムラインが非現実的に短いので、このままだと十分な議論が尽くされる前に、ある意味どさくさに紛れて勢いでコンセンサスに至ったかのような錯覚に陥り、結局各国による立法段階で異なる解釈に基づくバラバラな法律が制定され、MAPも実際には機能しないというか、統計には表れないけどMAPに行かせてもらえないケースも世界中に多数あることも踏まえ、かなり混沌とするのであれば、本当のコンセンサスを得る時間を使った方が急がば回れのような気もするけど。同床異夢かつ海千山千の135カ国を束ねるのは難しいね。これからどうなるのでしょうか。