Saturday, June 25, 2016

パナマ文書と「タックスヘイブン」

法律事務所の「タックスヘイブン(租税回避地)」にかかわる機密文書が大量にリークされた「パナマ文書」は、そんなことだろうな、と思っていたことがやっぱり現実だったことが確認・露呈され、各国で話題だけど、パナマ文書に秘められたメッセージはどう解読するべきなんだろう。

今日のポスティングは米国税法のテクニカルな話しではないのであくまで私見というか個人的な感想に過ぎないけど、まず気になるのはこの「タックスヘイブン」という用語。この用語はパナマ文書が暴露している事の真相を捉える上で紛らわしいというか余り適切な表現ではないように思う。タックスヘイブンというと、「タックス」という表現から、課税逃れのために裕福な個人の資産がオフショアに逃避しているのが主たる問題かのように聞こえがちだけど(当然それも問題のひとつではあるけど)、オフショアの世界はもっとディープだ。オフショアはあらゆる法律から逃れようとする資産に隠れ家を提供しているというもっとズッと広範な問題だ。インサイダートレーディング、相続、贈収賄、他の犯罪等にかかわるありとあらゆる法律の適用を回避するために、お金がアンダーグランドに隠れて行き、真のオーナーどころか資産の存在そのものが他の世界からは分からないように仕組まれている。資産の存在そのものが分からなければ、課税など当然できるはずもない。

オフショアは、個人が蓄財目的で、秘匿性の高い場所にこっそり貯蓄しているという程度の問題ではなく(これはこれでもちろん問題だけど)、国家の中枢、軍、諜報機関などの一般人のレベルを超越した大物達が巨額な利益を得たり、世界の政治を有利に動かすために利用しているもっと凄いものだ。

このような観点からは「タックスヘイブン」という用語よりも「オフショア」という方が、問題がタックスに限定されない感じが良く出ていて適切なように思う。オフショアという用語には広範な秘匿性が暗示されているように感じるし、その意味でタックスヘイブンというよりも問題の実態をより直感的に伝えているように思う。

オフショアというと、英国から札束の入ったアタッシュケース片手に船に乗ってチャンネル諸島のジャージーとかに行き、文字通り陸から離れた遠方に出向かないといけないイメージが強いけど、物理的にオフショアに位置するエキゾチックな島を利用する必要は無く、秘匿性が高ければ「オン」ショアのスイスでもルクセンブルグでも、また米国内の州でも立派にオフショアの役を果たすことができる。

米国内のオフショアの話しをする際に、タックスヘイブンという切り口でDelaware州かNevada州に法人を設立するとまるで全然課税されないかのようなニュアンスの記事とかを見ることがあるけど、実際にはそんなことはない。Delaware州にしてもNevada州にしてもそれらの州の法人は当然、米国法人なのでフルに連邦法人税の対象になるし、Delaware州とかNevada州に法人を設立しても、実際に事業を行っているのがCalifornia州とかNew York州であれば設立州には一切関係なく、各州内活動の比率に準じて各州で課税対象となる。もし、Nevada州の関連法人に合法的に他州(しかもユニタリー課税を採択していないところ)の法人の所得を移転させることができれば確かに節税には繋がる。もちろんNevada州にある法人で真のオーナーが分からなければいろいろと悪用されることは十分に想定され、その意味で、不公正な環境を提供している点は否めない。

Delaware州にいくつペーパーカンパニーがあってとか、グーグルとかアップルまでもがDelaware州に登記されているとか、「South DakotaのTrustがな・・・」とかいう切り口で話していても余りオフショアの問題の真髄に切り込んでいる感じはしない。米国の上場企業は合法的な節税こそ最大限に探求しているとは言え、オフショアに隠れ法人とか口座を持って脱税しているようなことは考えられない。でも上場企業のほとんどがデラウェア州で設立されている、または上場の際にデラウェア法人に生まれ変わるのは、節税ではなく、株主訴訟等に関して会社よりの判例が充実していたり、会社法が弾力的な理由により、特に疚しいことは何もない。NYCの会社法とかM&A専門の弁護士が基本的にデラウェア法を扱っているのもこの理由。何か問題があるとしたら、グーグルとかアップルではなく、デラウェア法の秘匿性を利用したシェルカンパニーを通じて脱税その他の違法行為をしているようなケースに限定されるはず。これはケイマン島とかの本当のオフショアに関しても同じことだ。この点は報道を読む際に良く理解しておかないと玉石混淆で問題の本質が分からなくなってしまう可能性が高い。

このように、オフショアは、その秘匿性、すなわちタックスに限定されない広範な法律から逃避できる環境を提供している点が一番問題だと言えるけど、更にその利用が実質、スーパーリッチな一部の者に限られている点も大きな特徴であり、更なる問題だろう。スーパーリッチというと、有名スポーツ選手、芸能人、個人経営者を想像しがちかもしれないが(もちろんこれらのジャンルでも利用している方もいるだろうけど)、オフショアの更なるディープな問題・本質はそのレベルを超えて、巨大な利権も持つ政治家とかいろんな国の国家主権の中枢までもが絡み、とてつもなく富が偏るシステマチックに不公平な世の中を形成する強力な土台となっている点ではないだろうか。

そのような大枠の話しからすると、僕達が毎日格闘しているタックスヘイブンの世界は、「これはCFC課税だな・・」とか「ここはPFICも考えないといけなかったか・・」とか「ちゃんとFBARとか8938ファイルした?」とか「英国が19%の税率になると日本のCFC課税も気にしないとまずいな・・」とか、かなり真面目と言うか比較的イノセントな世界での話しだ。OECDのBEPSとかもあくまでも法律にきちんと準拠する人たちを念頭においての話しだし。情報の透明性を確保するためFATCAとか、またもっと大きなスケールではCRSとかが徐々に浸透してきて、どの程度、オフショアの本質的な問題が解決していくのかはまだまだ未知の世界と言える。

巨大な利権とか国家主権の中枢とかの真の大物が登場してきてしまうと、毎日地道に暮らしている一般庶民にはオフショアの存在そのものが遠い世界の話しだし、大手メディアの報道も腰が引けてるのかもしれないし、オフショアの本質的な問題はなかなか肌で感じられないものとなっている。なので、実は知らず知らずのうちに高税率とかを通じてオフショアの被害者になっていたり、民主主義にあるべき基本的な公正さが欠如していても中々気が付かなかったりする。すなわち無力感すら理解できていなかったのが現実かも。その意味で、パナマ文書は一般庶民に恐ろしくパワフルなオフショアの世界を垣間見せてくれて、その結果、少なくとも無力感だけは認識、共有できたという大きな意味(?)を提供してくれたのかもしれない。