FIN 48がIRS税務調査のロードマップとなり兼ねない点、企業のFIN 48ワークペーパーに対するIRSの取り扱いポリシー等に関しては2007年8月18日、また8月31日のポスティングで詳細に触れた。しかし、ここに来てFIN 48の開示が思わぬところで活用されていることが明らかになった。米国議会上院である。
*米国議会上院からの質問状
9月11日付けの「ウォール・ストリート・ジャーナル」の報道によると、製薬大手Merck、J&J、Wyethを始めとする大企業少なくとも30社に上院からFIN 48負債の詳細に係る質問状が送り付けられた。米国議会ではここ数年、企業による脱法的なタックス・プラニングに目を光らせている。そんな議会にとって企業自らが「私たちの申告書には税務調査されると半分以上の確率でダメなポジションに基づくと思われる金額がこれだけあります」という旨の開示をしてくれるFIN 48負債の開示情報は喉から手が出るほど欲しい情報であったに違いない。
本来は投資家に対する透明性の高い財務情報を提供することを目的として規定されたFIN 48であるが、IRSにとって税務調査のロードマップとなるばかりか、議会のタックスシェルター等に係る実態調査にも貴重な情報を提供する結果となった。
*質問状の内容
FIN 48が適用されるのは基本的に2007年の決算書からであるが、上場企業は2007年第一四半期となる3月末の報告にて過去の申告に係るFIN 48負債総額を開示する必要がある。8月23日に送付されたという質問状の対象となった30社強の企業が最終的にどのような基準で選択されたかは定かではないが、これらの企業は、他の大手企業同様に、皆かなりの金額のFIN 48負債を計上していることは間違いがない。例えばMerckは74億ドル(120円換算で9,000億円弱)というとてつもない金額のFIN 48負債を計上している。
このような巨額のFIN 48負債が一体どのような項目により構成されているのか、という情報は確かに議会でなくてもかなり興味深いものである。以前のポスティングでも触れた通り、多国籍企業のFIN 48負債は必ずしも米国の法人税に係るものでなく、決算書上の開示を見ただけでは果たしてそれが何なのか分からないケースが多い。
そこで、質問状には「FIN 48負債の少なくとも5%を占める各申告ポジションに関して、米国法人税に係るものであればその内容の詳細を説明すること」というリクエストが盛り込まれている。
*タックスシェルター販促人の把握も視野に
また、企業が100万ドル以上の弁護士費用その他のコストを掛けたタックスプラニングに関しては、その内容に加えて、そのようなプラニングを企画・構築したタックス専門家の身分、プラスそのようなプラニングの合法性にお墨付きを与えた弁護士事務所を開示するように求めている。100万ドルの費用というとかなりと思うかもしれないが、大きな取引き、移転価格等の問題に関して会計事務所、弁護士事務所を使っていれば費用が100万ドルを超えるというのはそれほど驚くべきレベルでもない。
*FIN 48で開示されるポジションはそんなに怪しいか?
実際に申告書の作成、FIN 48の立ち上げ作業に係っていないと「一体全体9,000億円ものグレーなポジションを取っているとは何事だ」といった反応は理解できるし、自然なものであろう。
しかし、実際にFIN 48を適用してみようとすると分かるが、グレーなポジションの数量化は極めて難しい。特に移転価格のようにその性格から正しい答えがそもそも絶対的に存在しない項目に関しては、APAでも締結されていない限りかなり主観的な判断とならざるを得ない局面もある。例えAPAを締結していたとしても多国籍企業であれば、重要な取引きが全てAPAにカバーされている訳ではないであろうことからいずれにしても何らかの判断が必要となる。企業として文書化したFIN 48は会計監査人の精査を得て初めて最終金額となることから、ある程度保守的な算定をせざるを得ない。
したがって「多額のFIN 48負債=怪しいタックス・プラニング」という公式は必ずしも成り立たない。エンロンの崩壊を期に議会が突っ走ってできたのが「Sarbanes-Oxley法」であることからも分かるように、必ずしも現実に即していない形で議会がいきなり動き出すと在らぬ方向に事が行き兼ねず少し心配だ。