米国のグリーンカード(永住権)を持っていると、物理的にどこに住んでいるかに係らず、米国の連邦所得税法上は常に「米国居住者」となる。米国居住者という位置づけとなると、米国市民同様に全世界源泉の所得に課税されることとなる。ちなみに米国の市民権を持っていると、物理的にどこに住んでいるかに係らず、所得があると米国で課税される。米国転勤が決まり、ビザの申請をしたら実は米国で生まれたため米国市民権を持っていることが分かり、あわてて過去に遡って確定申告書を提出するようなケースは結構多い。
グリーンカードを持っている場合も同様で、物理的にどこに住んでいるかに係らず、所得があると米国で課税される。実際に米国に居住し、米国で事業を行っている、または勤務しているようなケースではこの取り扱いに大きな問題はないが、一旦米国外に引っ越してしまうと米国での課税関係が気になるところである。
市民権またはグリーンカードを持っている状態で米国外に住んでいるようなケースでは米国での確定申告は必ず行う必要があるが、実際に大きな所得税を支払うケースはあまり多くはない。これは次のような理由による。
まず、長期に米国外で働くことによって得られる「勤労所得(給与、賞与等の報酬、勤労を基とする自営業収入)」は年間$85,700(2007年ベース)を上限として非課税とすることができる。これは税法の「Sec.911」に規定される非課税措置であることから一般に「Sec.911非課税措置」と知られている。このSec.911非課税措置は雇用の(自営業の場合には事業の)場所が米国外(正確には米国以外の国)にあり、かつ一定期間以上を米国外で過ごしているケースに適用される。ここでいう「一定期間」の判断は「330日テスト」と「居住地テスト」の二つのいずれかにより判断されるが、簡単に言うと少なくとも1年は米国外で過ごしている必要がある。なお、年間非課税枠である$85,700は物価スライド調整されるが、暦年一年間を通じて外国で過ごしていないようなケースでは(年の途中で引っ越ししたようなケース)、非課税枠が按分され減額される点注意が必要となる。
次に、市民権・グリーンカードを持って米国外で働く場合には、通常勤務地でも所得税を支払うこととなる。上述の「Sec.911非課税措置」で勤労所得の全額が非課税となるような場合には米国で支払う所得税がなくなるため二重課税とはならない。しかし、勤労所得が非課税枠を越えるような場合には米国と勤務地の両国で所得税の支払いが生じることとなる。このようなケースで米国の税金を最小限化する手段として有効なのが「外国税額控除」だ。外国税額控除の基本的な考え方は「居住者という理由で全世界の所得に課税されるケースで、課税される所得に外国源泉所得があり、かつ外国で所得税を支払っている場合、居住者課税をしている国に支払う所得税から(限度額の範囲で)外国に支払う所得税を差し引く」というものである。外国税額控除の規定は極めて複雑であることから、その解説はいずれ別のポスティングで改めて行うとするが、ここでのポイントとしては勤務地で支払う所得税の実効税率(最終的に支払う税金を所得額で割った%)が少なくとも米国所得税の実効税率(通常は20%から30%程度)と同様であれば、外国税額控除を利用することにより米国の所得税の支払いはゼロに近くなるということである。
Sec.911非課税措置は2005年度までは年間非課税枠を上限に勤労所得を非課税とするという分かり易い規定であったが、2006年度に立法された「$70 Billion Tax Package」法により、非課税とすることに変わりはないが、他の所得に適用される累進税率を決定する際には、Sec.911にて非課税となっている金額をも加味するという納税者に取って不利な内容に改定されている。この変更の結果、以前は非課税となる金額の税効果は「非課税額 x 限界税率(該当納税者に適用される累進税率のトップ%)」で実現されていたものが、改定後は「非課税額 x 累進税率の一番低い%」でのみ実現されることとなる。勤労所得が非課税枠を越えず、他に大きな所得がない場合には影響はないが、そうでない場合にはかなりの増税となる。このことから場合によってはSec.911非課税措置は適用せずに外国税額控除のみの適用で米国所得税の申告を行うようなケースが発生している。
いずれにしても、勤務地で米国同様の%で所得税を課せられているケースでは米国で追加の所得税を支払うことは少ない。したがって、グリーンカードを持ったまま日本に帰任する場合で、年収$85,700(2007年ベース)というSec.911の非課税枠を超えるような水準の所得を得る納税者に対してはそれ相当の所得税が課せられるため、外国税額控除を利用することにより米国で所得税を多く支払うようなことにはならないはずだ。
このことから、日本のようにある程度の所得税が課せられる国に住んでいるケースでは、実質的にグリーンカードを持っていることに係る税金関係のコストは、申告作業に費やす時間・申告書作成代となる(Sec.911非課税措置にしても、外国税額控除にしても申告書を提出して初めて計上できるものであり、申告作業は避けて通れない)。一方で、香港、カリブ海諸島のような所得税がない、またはあっても税率が低い国に住んでいるケースでは、一旦所得が非課税枠を超えるとかなりの持ち出しが発生することになる。
追加で米国に税金が発生する、または申告自体が面倒だ、といったケースではグリーンカードを放棄してしまおうと考えることが多いのだが、長期的にグリーンカードを持っていたケースでは場合によっては簡単に非居住者に戻れないことがあり注意が必要となる。一旦、米国課税権の網に掛かると容易にそこから脱出できないような設計となっているが米国税法の規定である。米国法人が「国外逃亡」するケース、米国法人の海外子会社(CFCと呼ばれる)がCFCでなくなるケース、等と同様に、長期グリーンカード保有者が米国と縁を切ろうする際には何かと面倒な手続きが必要となる。この点に関しては別のポスティングで詳しく述べることとする(2007年7月6日に2回のポスティングに分けて記載)。
なお、上述のグリーンカード保有者に対する取り扱いはあくまでも「連邦」所得税上のものであり、州の所得税の取り扱いは全く別となる。米国では基本的に州が国同様に独自の法律を制定していることから、一概には言えないが、グリーンカードを持っていても州税の取り扱いには直接影響がない。一般的に州税の取り扱いを決定する上で重要となるのは「その州に戻ってくる意図がある(法律的に言うとDomicileが州に残っているか)」かどうかという点である。