前回はSection 163(j)、その前はNOLにかかわるCARES Actの規定そのものの第一印象的な説明を試みたけど、その際、それらの恩典に関して納税者側で敢えて適用を選択しないオプションが用意されている点にも触れた。普通に考えると、恩典を自ら不適用にする、っていうオプションがあること自体、不思議に思うかもしれないけど、これが米国税務、特にPost-TCJAの世界の複雑性。ひとつの規定に関して、良かれと思って講じる策が他の複数の規定との絡みで最終的に不利に転じたりすることがあるからだ。そのため、TCJA下のプラニングは、必ず各納税者が置かれている個々の数字を使って複合的なモデリングを使用して行う必要がある。でないと「やった~、FTC最大限化したぜ!」って思っても「アレ、この追加BEAT何?」とか「どうして急に支払利息の損金不算入額が増えちゃったんだろう?」とか、苦労した挙句に結局好ましくない結果に陥ることがある。
一般的には、法人税率が21%に引き下げられたTCJA以降の課税年度に発生するNOLを以前の35%時代にCarrybackできるのは魅力的なのは間違いない。同じ100のNOLでも換金価値が全然異なるからだ。ただ、TCJA下の米国税務では、複数の規定に課税所得ベースの「制限額」が設けられているので、NOLをCarrybackするのはいいんだけど、結果として課税所得がなくなったり、減額したりすると、他の規定適用時の制限枠が減少したり消滅してしまうことがある。GILTIは最高で10.5%、FTCの適用で場合によってはゼロ%に近くなるけど、これは課税所得があっての話し。CarrybackしてGILTI合算額を減額するということは、GILTI合算額100%分NOLを使っちゃうってことだから実効税率的には21%の法人税を支払っているような状況。Carryback前の時点でGILTI控除とFTCでGILTI最終税負担はゼロだったとすると、急に21%で課税されたような状況。しかもCFC所在国での法人税に加えての追加税コストとなる。FDIIも同様で、「TCJAのおかげで外国向けビジネスの実効税率は13.125%で、アイルランド並みだな~」って喜んでたらCarrybackした瞬間に恩典なくなっちゃうしね。GILTIと同じでNOLでFDII適格の課税所得を消してしまうということは21%で課税されたも同然。
BEATだって基本的に通常の法人税との比較なので、当期利益とNOL Carrybackの関係次第では、今までBEATミニマム税の状況ではなかったものが、Carrybackすることで「あれ、なんでBEATミニマム税出てるんだろう?」とか。NOLは失効しない限りタイミング差異だけど、BEATミニマム税は払い切りなのでパーマネントコストだ。
また、Transition Tax合算年度にはCarrybackを適用しないオプションがあるって前々回のポスティングで触れたけど、実は元々のTransition Taxの規定にNOLは留保所得合算額には適用しない、っていうオプションが規定されていた。Section 965(n)選択として知られてるオプションだけど、CARES Actで認められるCarrybackをTransition Tax合算年度にも適用する場合も、強制的にSection 965(n)選択が行われたものとみなす、という規定がある。すなわち、Carryback時にTransition Tax合算年度まるまる対象外とするオプションを行使しない場合でも、Transition Tax合算とは関係ない他の課税所得との相殺は可能でも、留保所得合算額そのものにはCarrybackするNOLを充当できないことになる。CARES Actの強制Section 965(n)選択はCarrybackした金額のみに適用されるのか、それとも、合算年にかかわる従来のNOLも含めて適用されるのかは法文からは必ずしも明確ではない、と指摘する向きもなるみたいだけど、CARES ActでCarryback部分に関する規定だと考えている。いずれにしても、もともとTransition Tax合算額にNOLを充当したくないのは、NOLで減額しないでも、FTCでTransition Taxを減額することができるから。特にSection 902の間接税額控除はTransition Taxで使用するのが最後のチャンスだっただけに、NOLは別目的で温存し、Transition TaxそのものはFTCで消すというのが合理的なケースが多かった。CARES Act下でもそのような処理が可能になっている。Transition Tax合算以前の課税年度にNOLをCarrybackすると、FTCのCarryoverとか変わるだろうから場合によってはTransition Tax負担額が変わるようにも見えるし。Carryback期間の5年の途中でクロスボーダー課税が60年振りに地殻変動しているというPerfect Stormだね。
CarrybackでCash Flow的には一瞬得することもあるかもしれないけど、実効税率や、将来的なCash Flowを考えると不利になることがある。まるで、その昔、日本で会社から通勤費用として定期券代を支給してもらったのに、現金が一瞬増えて気持ちが大きくなり(?)、他の目的に使ってしまい、代わりに毎日切符買って通勤した結局損したみたいな状況(?)
それでもCarrybackの対象となる5年間に十分な課税所得が存在して還付申請できる場合はまだいいか。こんな状況になると流動性の確保が最重要で、実効税率とかに気を取られてるようなLuxuryはもうないかもね。Takeawayポイントは意思決定は、必ず複合的な定量モデルに基づくこと。