前回のポスティングでは、6月28日に米国最高裁判所がオバマ政権のシグニチャー的な法律である「オバマケア」は合憲であるという歴史的な判決を下した点に関してその背景に触れた。今回は判決内容そのものに話しを移したい。
*今回の判決
前回のポスティングでも触れた通り、オバマケアの「国民全員に医療保険加入するよう」義務付けた部分(でないとペナルティーが課せられる)は「税法」と位置づけられ、したがって連邦政府の権限内であるという理由で合憲の判断が下された。また、勝敗を分けたのは浮動票で常にキャスティングボートを握るKennedyではなく、保守派守護神その人である主席判事のRobertsだった点も驚きだった。
なぜ保守派守護神のRobertsは裏切った(?)のか。これはRobertsの卓越したバランス感覚と知性の結果としか言いようがない。法律に携わる者にとって、最高の名誉・栄誉は最高裁判事となることだろう。一流法律事務所のトップパートナーになれば何倍もの報酬を得ることができるかもしれないが最高裁判事という名誉はお金では計れない。国中でトップのトップの弁護士から無期限の任期で選ばれる9人。その中でも主席判事は法曹界の頂点だ。Robertsももちろん超優秀な経歴をバックに主席判事として君臨しているが(ハーバードロースクールではLaw ReviewのManaging Editor!)、今回の彼の判断はRobertsを名判事として歴史にその名を残させることになるだろうというコメントが多い。来年以降のLaw Schoolの憲法論(Con Law…、Law Schoolに通った方ならその響きだけで胃が痛くなるのでは)の教科書では、古いJohn Marshalの判決などと並んで紙面を飾ることになるだろう。
もしもオバマケアが違憲とされたなら、米国経済は大きく混乱しただろう。また最高裁判所のクレディビリティーにも少なからず影響しただろう。そこでRobertsはプラグマティックな観点から法律そのものは合憲としておきながら、一方でイデオロギー的な観点からは連邦政府の権限を限定するという離れ業で難所を切り抜けることに成功した。
合憲とした判断の根拠は冒頭でも触れた通り、国民が医療保険に加入しない場合に課せられるペナルティー部分をタックスと位置づけたことによる。立法の段階ではオバマ政権はこれはタックスではないと主張して法制化した経緯があるだけにチョッと皮肉っぽくて面白い判断といえる。
また、このタックスという位置づけには更なるオチがある。今回の法律が合憲か違憲かという判断をそもそも最高裁判所で検討する権限があるのかないのかを決定する上で、これがタックスだとしたら、税徴収のための法律を無効とする訴訟を起こしてはいけないと規定する「Anti-Injunction」法に抵触していたはずだ。もしそうだとすると、事のメリットに係りなく、今回の訴訟はそもそも裁判所で争うことすらできないという理由でその場で却下されるべきとなる。この点に関してRobertsの判決は「議会がペナルティーという命名をしているので、タックスではなくAnti-Injunction規定には抵触しない」としている。その上で事のメリットを論じる段となって「これは実質タックスである」と豹変しているのだ。名判決とは不思議なものだ。
一方でイデオロギー的な部分だが、判決の中で連邦政府が通商条項を盾に立法を行う権限にリミットを設けている点、また州に対してMedicareカバレッジを拡大しない場合にはFundingを打ち切るというような権限はSpending条項下では認められないとしている点に見られる。Liberal派は通商条項に基づく権限限定に関しては反対意見を出しているし、一方の保守派は今後の判決にこの部分の判例を最大限利用するとしている。保守派は「連邦の権限を限定的なものとし、州政府と権限を分けるという米国憲法のストラクチャーを遵守して初めて個人の自由が保障される」としている。
つまり、判決内容をまとめると、タックスに基づく法律は連邦政府が税金を徴収できる権限がある以上、合憲となる一方で、通商条項、Spending条項に基づく連邦政府の権限は限定される、となる。今回の訴訟の争点であった国民が医療保険に加入しない場合にはペナルティーが課せられるという部分がもしも通商条項に基づくものであったなら、連邦政府にはそのような規定を制定する権利はないとされている。言い換えれば、連邦政府に「個人に民間企業(医療保険会社)と取引を強制する権利などない」ということだ。
またSpending条項に関しては連邦政府の希望する方向に州政府が行動した場合に、ご褒美としてFundingを与えることは合憲だが、希望の方向に州政府が行動しない場合にFundingをストップするという懲罰を与える権限はないとし、Medicare拡大に関してのペナルティー規定部分は違憲とされ、この部分のオバマケアは無効となった。面白いことにこちらの判断はRobertsを含む保守派判事5人だけでなく、民主党指名の二人BreyerとKagenも賛同している。Bush v. Gore判決以来のパーティーラインからの決別とも取れる最高裁判所の新しい姿を示しているようにも見える。
今回の判決の本当の勝利者は誰かという点は判決後に多くの議論を呼んだ。多くの連邦法は通商条項、Spending条項に基づいて可決される傾向にあることから、この観点から連邦政府は手詰まりとなることになる。大きな政府を嫌う保守派の狙う方向である。タックスに基づく立法は議会に権限はあるにしても、ポリティクス的には不評なものとなることから実質乱発するのは難しい。今回の判決がマスターピースと言われる所以はこの判決の見た目(民主党勝利)と実体(共和党勝利)が混在する点と言える。
もちろん、保守派にしてみれば違憲判決で大勝利を収めそこなったことに関してはやり切れない思いは残るだろう。なんと言っても浮動票のKennedyは違憲判断だったのだから。まさかRobertsお前が…という思いはあるだろう。でもそこは法治国家。最高裁判所の判決は皆尊重し、Move-Onしていくしかないし、していくだろう。この辺りは以前に書いたインドのボーダフォンケースにおけるインドの状況とは対照的だ。
今回の判決を、実は将来の連邦政府の権限を今までにないレベルまで限定するように仕組まれた一種のDecoyと捉えて納得する向きもある。一方でそんな複雑な意図はなく、これほど議会で討議されて可決された大型シグニチャー法を最高裁判所がパーティーラインの5-4で葬ってしまうことは社会からの信用、裁判所の独立性からも好ましくないという現実主義に基づくものだ、という意見もある。いずれにしても奥深い、複雑な判決であることは間違いない。
これでオバマケアの法律としての地位が揺ぎ無いものとなり、2014年から米国医療保険のあり方が大きく変わる。日本的に考えると世界一の経済大国に、そもそも医療保険がない国民が沢山居ること自体信じられないし、それを実現しようとしている法律になぜここまで多くの者が反対しているかも理解し難いかもしれない。保険に入ろうが入るまいがそんなことは連邦政府に決められたくない、というのがアメリカ風個人自由主義なのかも。New Hampshire州の自動車プレートには「Live Free or Die」とあるが、自己責任のない自由はなく、自由とは時に厳しいものなんだろう。いろいろと考えさせられる判決だった。