Facebook株式のNASDAQ上場は世紀の大型上場として上場前後に大きな注目を集めていた。上場後に株価が38ドルの上場価格から下落したことでインベストメントバンク、経営陣、またシステム障害を起こして上場初日の売買処理に支障をきたしたNASDAQに対する批判的な報道が相次いでいるが、何か目に見える物を製造したりしているような事業でないだけにその事業価値の評価は難しいだろう。
ちなみに僕が所属するErnst & Young(EY)はFacebookの監査人だが、今回のポスティングの内容は全て公にされているデータに基づくものである点一応お断りしておく。上場前には社内メールで「(監査人独立性の観点から)株式を買ったりしないように!」と当たり前の注意が入っていた。チョッと宣伝させてもらうとEYはハイテク、SMN系の産業には滅法強い。Google、Apple、インテルという大御所を監査クライアントに持つばかりでなく、Facebookを含むSMN系のクライアントの多くもEYの監査クライアントだ。余りに強いのでSMNという新しいビジネスに適用される会計処理法を決めているのはEYだというような揶揄が確かFortune(もしからしたらForbus?)に載ったりしているのを目にしたことがある。
*上場とストックオプション
今回のFacebook株式上場はその規模で他を圧倒する。会社の時価総額は1,000億ドル(80円換算(以下同じ)で8兆円!)を超えると評価され、上場でFacebookは160億ドル(1兆3千万円)を調達した。
その規模故に税務面でのインパクトもかなり派手だ。上場前にSECに提出されている文書を見ると創業者であるMark Zuckerbergは1億2千万株におよぶストックオプション(全て権利確定済み)を行使するとされる。オプション行使のタイミングは明確ではないが、オプション行使権が失効するのが2015年となっていることから、上場時に行使される可能性は高い。
オプション行使価格(一株を取得するのに必要となる支払額)はナントたったの「6セント(0.06ドル)」だそうだ。仮に上場価格(38ドル)で行使したとすると、オプション所得は46億ドル(3,600億円)となる。
ここでストックオプションに対する米国税務上の取り扱いに簡単に触れておくと、オプションはISOと呼ばれる適格オプションと、そうでないもの、すなわち非適格(NonqualifiedのStock OptionなのでNQSOと略される)オプションに区別される。ISOは日本の適格オプションがそうであるようにいろいろな条件が付くが、今回のFacebookのような巨額のオプションがISOになるはずもなく、Zuckerbergが付与されているのは当然NQSOとなる。
NQSOは行使時と株式売却日各々で課税関係が生じる。まず、行使時点ではスプレッド、すなわち上の例で言う46億ドル、が給与所得扱いとなる。給与なので雇用者側では同額が損金算入される。その後、オプションを行使して取得した株式を売却すると、行使時点の時価(今回の例だと46億ドル、行使価格が低すぎるのでほぼ時価=スプレッドとなるため)を簿価としてキャピタルゲイン・ロスを認識することとなる。
これらのことから、株価が上場価格前後で推移している時点でオプションを行使すると仮定すると、Zuckerbergは46億ドルの給与所得を認識し、それに対する連邦所得税として16億ドルを支払うことが予想される。おそらく1人の個人納税者からの徴収額としては全米新記録ではないだろうか。Zuckerbergがシリコンバレーのあるカリフォルニア州の居住者であると仮定すると(以外に本人はネバダのHome Officeにしかいなかったりして?)カリフォルニア州所得税だけでも4億ドルに上る。更に給与扱いなので社会保障税FICAの対象となる。公的年金部分は基本給だけで課税標準の上限に達しているだろうから、老齢年金のMedicare部分だけとしても更に1億ドルだ。さすがにFacebook創業者ともなるとスケールが大きい。
基本給と言えば、とてもModest(?)で「僅か」150万ドルだそうだ。しかも本当の給与は50万ドルとオプション所得に比べるとかなり庶民的で、残りのほとんどは社有ジェットの個人使用分(友人と一緒に飛んだりしている部分)、個人のファイナンシャルプラニング費用を会社が支払っている金額、等のみなし給与が占める。会社負担のZuckerbergの身辺セキュリティー(護身)費用は会社のベネフィットのために提供されているということで個人のみなし所得とは取り扱われていないと言われている。同じ身辺セキュリティー費用でも、アマゾンのJeffrey Bezosが全てみなし給与として取り扱っているのと異なり興味深い。ちなみにBozosはほとんど給与を受け取っておらず、開示されている年収のほぼ全てがセキュリティー費用のみなし給与だと聞いたことがある。
更に面白いことに2013年からのZuckerbergの年棒はナンと1ドルだそうだ(プラス実際にはジェット使用、その他のフリンジベネフィットで給与扱いとなる分)。46億ドルのオプション所得があれば1ドルの給料でも喜んで働きたくなるだろう。
*源泉徴収義務
46億ドルは税務上、給与所得と位置づけられることから、通常の給与同様に(金額は大分違うけど)源泉徴収の対象となる。NQSOから発生する給与所得に対する源泉徴収は実際に現金で会社が給与を支給する訳ではないので、天引きの対象となるキャッシュがないというメカニカル的な問題が発生する。
通常であればオプションを行使する者から現金を拠出させるか、または会社が一時立替をすることもある。今回のケースでは上場が絡んでいるので変な立替はSECのルールに抵触したりする可能性もあり、どのように源泉税をファイナンスするかかなり興味深い。もしかしたら、上場をアレンジしたインベストメント・バンクがオプション行使にも関与していて何らかのファイナンスを付けるのかもしれない。
*株式売却のタイミング
オプションを行使しただけではZuckerbergの手元に現金は残らないのでその後、株価のタイミングを見て市場に放出されるだろう。放出のタイミングは株価への影響もあるのでインベストメント・バンクのアドバイスがかなりの影響力を持つはずだ。一時は$50なんていう話もあったが、現時点では上場価格の$38に戻るかどうかというレベルなので、キャピタルゲインを狙うのはもう少し先の話となりそうだ。いずれにしても、2012年以降には個人所得税率アップの可能性もあり、現時点で給与扱い部分の金額はロックしておき、将来的な株価アップ分はキャピタルゲイン税率(こちらも現時点では15%だが2012年以降は20%となる可能性も)を狙っていくことになるだろう。
株価が冴えないので、ショートポジションを取っておくなんてことはInsiderなので法的に認められないはずだが、まさかデリバティブを利用して・・・、なんてことはあるのかも。
*雇用者側への影響
上述の通り、給与所得に相当する46億ドルは雇用者であるFacebook, Inc.にとっては損金算入費用となる。SEC提出文書によると、創業間もない企業としては大きな利益を上げていると言えるFacebookだが、さすがに創業者一族がオプションを行使した場合にはそれに匹敵する課税所得はなく、結果としてNOLに基づく法人税の還付が発生すると予想される。還付額は5億ドルに上る可能性があると開示されている。
とてつもない金額の所得、費用となることから早速「オプション行使に基づく給与所得の損金算入には上限が設けられるべき」とか「巨額のオプションを持つ場合には、株式時価との差額の一部をMark-to-Marketで即刻課税してはどうか」というような「Zuckerbergタックス」案を提唱する者が現れている。金持ちとか権力者をターゲットにする法案の話しが庶民に受けるのは古代ローマ時代から変わりがないようだ。
それにしても2004年に文字通り学生寮の一室から始まったスタートアップがこのような化け方をするとはアメリカンドリームも未だ健在と言えるかもしれない。
次回はFacebookシリーズ第2弾で上場利益を享受する前に米国タックスから逃れるために市民権を返上してしまった方の話に触れたい。